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「フランドン農学校の豚」と宮沢賢治

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  (豚や牛のおもちゃ) ぼくはぜんぜん宮沢賢治のよい読者ではない。まず詩が読めない。

ベジタリアンになってみた

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宮沢賢治は詩人・童話作家という顔のほか、地質学者、鉱物学者、農学者、天文学者、法華経信者などなどさまざまな顔を持っています。「多面体」とも評される彼には、菜食主義者としての一面もありました。1918年に友人へあてた手紙に「わたしは春から生物のからだを食ふのをやめました。」と書いているし、「ビジテリアン大祭」というベジタリアンという考え方を紹介するような童話もあるし、なにより今回劇にする「フランドン農学校の豚」では屠畜される豚の恐怖を描いている。すなわち菜食は彼にとって重要な要素に違いない。ぼくはこれまでほとんど宮沢賢治のことを知らないので、とにかく何か彼に近づかなければと思って、ひとまず自分でもベジタリアンをやってみることにしました。

メンバーの増加

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(左から川村良太、中村あさき) こんにちは。越です。(劇)ヤリナゲに新しくメンバーが増えましたので報告します。

『ガラスの動物園』とKさんとの話

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  (稽古場より。左から中村あさき、西本健吾、川村良太。) 今回はテネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』という劇を下敷きにしてお話を作りました。

『非在』について(『緑茶すずしい太郎の冒険』との関係、『<個>からはじめる生命論』)

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(画像:フライヤー没案。越による。)  これまでのヤリナゲの作品のタイトルを並べてみると、『八木さん、ドーナッツをください。』『パンティー少女ミドリちゃん』『緑茶すずしい太郎の冒険』のように、「人名が入っている」「すこし長い」というのが特徴だったのですが、今回は『非在』といって、だいぶ違います。なぜこんなに違うのかとい うと、いつもはタイトルだけが先に決まっていてそれに合わせてお話を考えていくが、今回は先にお話というかおおよそのテーマがあり、そのテーマを端的に表す言葉「非在」をタイトルにしたからです。

稽古場より(ヤリナゲの稽古)

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(左から、出演者の岡部瑶子、中野雄斗((石榴の花が咲いてる。))) こんにちは。越です。今日はヤリナゲで行なわれている「終電逃しちゃった」という稽古について考えたことを書きます。(写真参照)